鎌倉幕府

鎌倉幕府の盛衰を将軍・執権・御家人の視点からなるべく容易に解説

日本にはかつて3つの幕府が存在しました。鎌倉・室町・江戸幕府です。 この3つの幕府のうち、鎌倉幕府が一番複雑ではないでしょうか。室町幕府も複雑に感じますが、室町は「幕府」というより南北朝や戦国など、「時代そのもの」が複雑なように思えます。...
鎌倉時代

4代執権・北条経時の生涯

得宗北条氏の中で、もっともマイナーと思われる人物が4代執権北条経時。それもそのはず。たった4年しか活動していないので。 しかし、この4年の間に、将軍頼経を更迭して、将軍と執権の対立関係を解消し、評定衆の改革も行って裁判制度の迅速化をはかる...
鎌倉時代

鎌倉幕府6代将軍・宗尊親王の生涯

かつて、3代将軍源実朝が暗殺された後、幕府は後任の将軍に後鳥羽上皇の皇子の関東下向を要請しました。 このことは、実朝が生前のとき、後鳥羽上皇の乳母で院の実力者藤原兼子と北条政子の間で決められていたことだったのですが、後鳥羽上皇は皇子の鎌倉...
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足利義満の時代

足利義満の守護討伐と南北朝合一を解説

足利義満は、約60年に及ぶ南北朝の動乱を集結させ、南北朝合一を成し遂げました。また、土岐・山名・大内といった室町幕府内の強大な守護大名の勢力を削減し、将軍権力の強化と幕府安定を成し遂げ、長く続いた戦乱の世に終止符を打ちました。 しかし、こ...
院政の時代

保元の乱~源平の「武者の世」を告げた歴史的な戦いを解説

1120年(保安元年)に当時関白だった忠実が、白河院の勅勘を蒙り、子の忠通に関白を譲ってから35年。あるいは、崇徳院の希望もむなしく後白河天皇が即位し、藤原忠実・頼長父子が失脚した翌年のこと。いよいよ、源平の「武者の世」を告げる保元の乱が勃...
北条時政の時代

2代執権・北条義時の生涯~2022年大河ドラマ主人公

足利尊氏・直義兄弟によって制定された『建武式目』には、「義時泰時父子の行状を以て近代の師となし」と記され、足利兄弟は北条義時・泰時父子が行った執権政治を理想に掲げました。室町幕府は、成立当初から鎌倉幕府の後継を意識した政権だったのです。そし...
院政の時代

天皇の御願寺・法勝寺~白河天皇の巨大造営事業

聖武天皇の東大寺、桓武天皇の平安京、足利義満の金閣・相国寺、織田信長の安土城、豊臣秀吉の大阪城など、為政者が己の権力を誇示するために巨大建設を行うというのは、日本の歴史にしばしばみられる光景のようです。もちろん、このことは日本特有の現象だけ...
鎌倉時代

15代執権・金沢流北条貞顕~10日間だけ執権だった男の生涯

金沢貞顕は12代連署で、15代執権です。幕府の中枢にいながら、内管領長崎氏に実権を奪われていたがため、執権として活躍らしい活躍をせずに幕府滅亡とともに滅んだ貞顕。優しい性格だったのか、臆病な性格だったのか意見が分かれる人物ですが、彼の生涯が...
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